なぜ編入試験を受けたいのか:大学受験に失敗した過去を塗り替えるために

編入試験

初めまして、こんにちは!

こちらのブログは、編入試験を受けることを決意した地方国立大学生の記録です。

ここでは初投稿として、簡単な自己紹介と、なぜ編入試験を受けると決めたのかをまとめます。

同じく編入試験を決意した大学生にとって、少しでも参考になる点や共感できる点があれば幸いです。

プロフィール

  • 地方国立大1年
  • 理学部化学科
  • 1浪

志望校

  • 神戸大学理学部
  • 東京農工大学工学部

いわゆる学歴コンプレックスはあるものの、私の中で「化学を続けたい」という気持ちは変わりません。

大学の偏差値を上げたいという思いもありますが、何よりも、今やりがいのある化学に触れていたいという思いが強いです。

よって、入試偏差値よりも、専門科目として化学が続けられることを優先し、研究内容やカリキュラムなどもしっかり見ながら志望校を決定しました。

やりたいこととしては神戸大学理学部の方が近いと感じたので、第一志望は神戸大学です。

大学受験の話

もともとは旧 東京工業大学(現 東京科学大学)を目指して受験勉強していました。
模試でA判定を取ることができ、「このまま努力を続ければ合格できるかもしれない」という希望を抱き勉強を頑張ったものの、現役・一浪ともに残念ながら不合格でした。

やりたい勉強や強い憧れがあって東工大にこだわっていた私ですが、2浪はしませんでした。それは、「何があっても一浪で受験を終わる」と母親と約束していたからです。

その約束に関しては自分自身も納得していました。いつまでも浪人してもどんどんプレッシャーが増すばかりで私の性格には合わないだろうと自覚していたので、「1浪で無理なら諦めて、どこでもいいから進学しよう」と考えていました。

そこで、後期日程には、共通テストリサーチの結果を見て確実に受かるであろう地元の地方国公立大学に出願していました。後期日程の目的は「第一志望で不合格だったとき、確実に大学生になるための保険」として考えていました。

地元の大学ではありましたが、入学するまで一度も足を踏み入れたことがありませんでした。
一番受かりやすそうな入試方式で決めました。学問の内容とか、カリキュラムとか、そういった重要なことには全く目を通さず、とにかく合格可能性の高い学部学科を選択しました。

学部の選び方としては最悪ですが、結果的には合格できたので、受験戦略としてはある意味間違っていなかったのかもしれません。

浪人期間はかなり苦しかったので、後期日程にしか合格できなかったとはいえ、自分の受験番号を合格発表で見つけた瞬間は本当に嬉しく、母も泣いて喜んでいました。
一浪しても行きたい大学に落ち続けた私にとって、「やっと自分の番号があった」という事実は私を勇気づけてくれました。

ところが、入学してしばらく経った5月頃。
授業中にふと涙が出てしまったり、夜眠る前に考え込んで眠れなくなってしまうことが増えました。
合格発表ではあれほど嬉しかったはずなのに、いつの間にか「今の大学にいる自分」を受け入れられなくなってしまいました。

そう感じるようになった理由は、大きく分けて3つあります。

1.専門科目(化学)の授業内容への不満

一番大きかったのは、化学の授業内容に対する不満です。

私の大学では1年生の間、「一般化学」として、有機・無機・分析・物理化学を広く浅く触れるカリキュラムになっています。
その内容は、高校の復習がメインで、加えて少し大学の内容を学ぶという感じでした。
受験生のときに学習した覚えのある内容が多かったので、「退屈だな」と感じてしまう瞬間が多かったです。

1年生で行われる化学の専門科目はそれが中心で、その他は数学や物理などの基礎科目、そして文系の教養科目が多くを占めます。

実際に1年間で47単位を履修しましたが、化学に関する科目は計5単位のみでした。

  • 1年前期:20単位(一般化学2単位、化学実験1単位)
  • 1年後期:27単位(一般化学2単位)

このように、化学科に入学したものの、授業の内訳はほぼ化学に関連性のないものでした。特に、ほぼ文系科目ばかりの時間割は辛かったです。

当時は
「化学科に入ったのに、化学の授業が思ったより少ない」
「内容も高校と大きく変わらない部分がある」
と感じ、もどかしさが募っていました。

SNSで見かける同年代の学生が、1年生のうちから専門科目をいくつも受けているのを見て、「どうして自分だけ…」と考えることもありました。

そうやって他の大学のカリキュラムや授業の進度と比較してしまうことで、自分が低偏差値の大学に来たことを自覚してしまったというか。「どうして受験でうまくいかなかったんだろう」「もっと頑張れなかったんだろう」と後悔し自分を責めてしまう時間が増えていきました。

(ただ、今振り返ると、どの大学でも教養科目は一定数必要ですし、私自身の視野が狭くなっていた面もあったと思います。)

それでも当時の私は、今抱えているコンプレックスや不満を解消するには、環境を変えるしかないと感じるようになりました。

2.地元で生活することによる「過去」との接触

二つ目は、地元の大学に進学したことで、バスやモノレールなどで中高の同級生に遭遇してしまうことです。

私は中高一貫校に入学しましたが、中学2年の頃に人間関係をきっかけに体調を崩し、最終的には高校3年で退学しました。私にとって中高時代は、思い出したくない記憶も多い場所です。

もちろん相手に悪気があるわけではありません。それでも、当時のクラスメイトを見かけるだけで、意図せず過去の記憶が引き戻されてしまい、気分が落ち込むことがあります。

特に、今の時代はSNSがあるゆえに友人と比べて劣等感を抱いてしまうことも多いです。
SNSで友人の近況を簡単に知れてしまうから、ふとした瞬間に自分がすごく惨めに感じてしまうこともあります。

この気持ちは、時間とともに薄れる可能性もあります。
今はまだ大学生になったばかりで友人が少ないから中高の人間関係を気にしてしまうだけかもしれません。今後、今の環境で新しい人間関係を築くことができれば、過去のことなんて気にせずに楽しく過ごせるのかなとも思うことがあります。

ただ、「定期的に過去を思い出して憂鬱になる」という状態をこれからも続けるのはしんどいです。いつこの苦しい思いが消えるかはわかりません。「いつか気にならなくなる」という保証もどこにもない。
そう思ったときに、私は今いる場所を出たいと強く感じました。

3.学歴

三つ目は、いわゆる学歴コンプレックスです。

正直に言うと、私が本来目指していた東工大と、現在通っている大学とでは、偏差値の差が大きく、気持ちの折り合いをつけるのが難しいと感じていました。
現役時代、東工大の模試でA判定を取れていたことが逆に私を拗らせてしまい、「自分がこの大学にいる」という現実を受け入れられない感覚が続いていました。

本来は、受験の失敗を真正面から受け止め、かつて目指していた大学など忘れるべきだと思います。しかし、どうしても、劣等感やコンプレックスを拭い去ることができない。

私は進路として大学院進学を考えているので、いわゆる「院ロンダ」で最終学歴を上げる選択肢もあります。
ただ、それでも「学部の大学名が今のままで残るのは嫌だ」という気持ちが消えませんでした。

それに、1年生の今から4年生の夏まで院試のための勉強を続けたとして、途中でモチベーションが切れてしまう可能性や、長い受験勉強によるプレッシャーでダメになってしまう可能性もあると考えました。
それよりは、2年の夏に受験できる編入試験というチャンスが目の前にあるならば、挑戦してみたいという気持ちが芽生えてきました。

編入試験にしろ院試にしろどのみち化学を学ぶつもりだったので、仮に編入試験に落ちても勉強した内容は院試に役立つだろうという楽観的な考えもありました。

親からは「学歴なんて社会に出たら関係ない」と言われることが多いです。私自身、その言葉に納得して「今の大学で頑張ろう」と決めた時期もあります。
けれど、今の自分がここまで苦しいのに、あと4年間同じ環境で耐え続けるのは現実的ではないと感じました。

これから書きたい内容

編入試験を控えている大学生として、今後のブログでは例として以下のことについて書こうと考えています。

  • 参考書の取り組み状況
  • 過去問演習の記録
  • 在籍している大学での取得単位や成績
  • TOEICの点数
  • 編入塾に入るべきかどうか

など、今思いつくのはこれくらいです。

加えて、そのときに思いついたことや感じたこと、そしてリアルな悩みも書いていきたいなと思っています。

編入試験が終わったら、合格体験記or不合格体験記としてまとめて記事を出したいと考えています。

最後に

今回の記事では、大学受験のエピソードや、私が編入試験を受けようと決めた理由を整理しました。

大学生で編入試験を受けようと考えている方の中には、悔しさや悲しさ、やりきれなさを抱えている人も多いと思います。私もその一人です。

一緒に、自分が納得できる環境に近づくために頑張りましょう。

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